教育という名の虐待

船戸結愛(ゆあ)ちゃん(5)が死亡した事件について。

 

幼子の訴えた手紙は心をかきむしられるような内容だった。

教育やしつけの名のもとに、多かれ少なかれこのようなことは

身近にあるのは事実だ。

子供の口から話してくれることもある。

特に、母親からの子にたいする仕打ちは子供の心にぐさりと深く刺さっている。

子供にとってはそれくらい親だから当たり前にする、と思っているようだ。

しかし、人が聞けば自分の子であれ度を過ぎていることに気が付いていない。

たとえば・・・。

●鋏や包丁をもって追いかけられた。

●髪の毛を切られた

●大切なものを目の前でこわされた

●ボールペンでつき刺された

●殴られすぎて、意識がなくなった

●朝ごはんやおべんとうを作ってもらえなかった

など・・・・。

事情や状況はどうであれ、我が子でもこのようなことは

してはいけないだろう。

逆に他人にこのようなことをされたら、目の色を変えて

起こるのではないだろうか。

昭和の時代ではこのようなことが、いささか許されていた時代でもある。

しかし、今は時代や環境がちがう。

やはり、他人から我が子にされて嫌なことは我が子にもしてはいけないのだ。

子供と話し合いをして、納得を終えようとまでは期待しないが

「加減」をしないといけないだろう。

「加減を知らずにそだった大人」が我が子にでさえ、「手加減」しなくてはいけないことを

知らすに、教育としつけの名のもとに「虐待」をしてる。

 

このような大人を作ったのは

なんだろうか?

 

痛みを知るには、自分が痛みを知らないとわからないと思う。

今の時代はそれを頭で理解したら、しないものだと思い込ませている感がある。

 

「痛み」の学習も必要だ。

 

おそらく我が子を死なせたこの馬鹿親は

反省を心からできないだろう。

 

教育はこのようなバカ人間をつくらない努力に

もっと、力を入れるべきだ。

あまりにも、このような悲劇がここ数年増えている。

 

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